1|京都から岐阜へ。住井家の始まり
住井家のはじまりは京都。岐阜での初代にあたる冨太郎(とみたろう)さんが、明治中頃に岐阜へやってきたといいます。
当時の岐阜は、提灯や和傘など、竹骨に和紙を貼る手仕事が根づく土地。うちわづくりとも相性がよく、材料も手に入りやすい環境でした。
竹と和紙の文化が根づく土地だから、岐阜うちわが育った。
「どういう経緯で岐阜に来たのかは、正直わからないんです」と住井さん。
けれど京都から揖斐(いび)方面を経由する流れなど、人と物が行き交う時代背景の中で、技と文化が岐阜に入ってきた可能性を語ってくれました。
住井冨次郎商店
住井 一成さん
住井家は長く続く一方で、歴史の中に「店が一度絶える時期」がありました。
冨太郎さんが早く亡くなり、息子の冨次郎さんは小学生の頃に父を亡くす——。
その後、冨次郎さんは岐阜の職人のもとへ修行に入り、のちに独立。現在の場所へ来たのは「おじいさんの代くらい」と住井さんは話します。
途絶えかけた手仕事を、もう一度“店”として立ち上げた。
店名も以前は「住井商店」だったが、現在の「住井冨次郎商店」という名前は、お父さまの代で決めたそうです。
2|印刷会社の営業から、家業へ。住井さんの転機
- 「道具や治具(ジグ)が揃っている」
- 「ここをやめたら、道具は“博物館行き”になってしまう」
- 「小さな頃からみていたからね、作ることの抵抗はなかった」
「最初から上手くできるなんて、そうそうない。数こなしていく仕事。」
「説明が必要な道具だからこそ、話すことで伝わることがある。」
——住井さん
住井さんはもともと印刷会社で、営業職として働いていました。
家業を継いだのは、26歳のとき。転機になったのは、お父さまの逝去(住井さん24歳)。決して最初から「職人になるつもり」だったわけではありません。
それでも、道具があり、材料があり、そして何より、
「やめてしまえば、これらは博物館に行ってしまう」
そんな思いもあり、住井さんは家業を継ぐ決断をしました。
うちわ作りは、数を重ねて少しずつ身についていく仕事。
最初から上手くできるものではなく、失敗と試行錯誤の積み重ねです。
それでも続けてこられた理由のひとつが、お客さまとの会話でした。
「岐阜うちわは説明が必要な道具だからこそ、話すことで伝わることがある」
岐阜うちわは、そんな人と人とのやり取りの中で、いまも使われ続けています。
住井冨次郎商店のうちわを、オンラインショップでお届けします
3|続けるほど増える“困りごと”。それでもやめなかった理由
住井さんが大きな山として挙げたのが、竹骨を作る「骨屋」さんが辞めたことでした。
「自分でやるか、やめるか」。住井さんは短期間教わりに行き、つないでいきます。その後、新たな職人さんと出会い繋がっていきます。
「骨屋さんや糊屋さんもなくなって、紹介でつながっていくね。僕なりに(腕も)上がっていくんやけど、職人さんが変わるとまたそれに対応しないといけなくなる。その繰り返しが難しい部分ではある。」
——住井さん
4|岐阜うちわの特徴は「紙を貼って終わりじゃない」こと
岐阜うちわの特徴は、紙を貼って終わりではありません。
和紙を貼ったあとに、塗りや加工を重ねることで、強さと美しさを両立させています。
“紙を貼って終わり”ではない。岐阜の手仕事が、風をつくる。
たとえば、透け感を楽しめる「水うちわ」。雁皮紙という薄い和紙に天然由来のニスを塗って、仕上げてあります。光を通すことで生まれる涼やかな表情は、見た目にも涼を届けてくれます。
また、塗りで仕上げたうちわは、下地をし、漆(現在はカシュー)を塗って仕上げてあります。絵柄が透けて見える両透かし、小判形、豆うちわなど種類はさまざま。
柿渋などで仕上げた「渋うちわ」は、昔は火おこしなど「生活の道具」として使われてきた歴史があります。段々と渋の色が出てきます。
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5|神経を使うのは「紙貼り」と「ニス塗り」。天気との勝負
特に神経を使う工程は「紙貼り」と「ニス塗り」。
「ニスは湿気あると白く濁っちゃう。天気次第なんです。」——住井さん
乾燥は一晩で触れる程度にはなっても、落ち着くまでには1週間ほどみることが多いそうです。
ニス塗り
ニス塗り(透明になる瞬間)
ニス塗り(乾燥)
6|『扇ぐ-あおぐ-』体験を、次の世代に
住井さんが強く語ったのが、“扇ぐ”という行為そのものが減っていることへの危機感でした。
「最近は、仰いだことがない子どもも多いんですよ。
それを思えば、まだうちわには可能性があると思っています。
最近は、子どもたちが見学に来ることもあるのですが、
そもそも『扇ぐ』という行為自体を、あまり経験していないんです。
エアコンが当たり前になった今だからこそ、
日本の夏にあった『扇いで涼をとる』という所作を、
もう一度、若い世代にも伝えていきたい。
そんな思いで、今もうちわを作り続けています。」——住井さん
風の柔らかさ/硬さは、言葉だけでは伝わりません。手に取り、あおいでみて、初めて分かるもの。
岐阜うちわは、体験ごと、いまの暮らしに渡していく工芸なのだと思いました。
7|受け継ぎ、ともに未来へ。
岐阜うちわには、竹や和紙の技術だけでなく、長い時間をかけて受け継がれてきた人の想いが宿っています。
住井さんのお話を伺いながら印象的だったのは、技術を守ることだけではなく、「扇ぐ」という体験そのものを次の世代へ伝えたいという願いでした。
古川紙工は、住井さんとともに、この岐阜うちわの文化と技術を未来へつないでいきたいと考えています。
受け継がれてきた手仕事の価値を大切にしながら、現代の暮らしに寄り添うデザインや新しい楽しみ方を提案し、より多くの方に岐阜うちわの魅力を届けていきます。
そんな何気ない体験の中に、日本の夏の心地よさや、手仕事の豊かさがあります。
住井さんが守り続けてきた技と想いを大切にしながら。
古川紙工はこれからも住井さんとともに、伝統を守り、新しい風を吹かせていきます。